人的資源として考える社員の“こころの健康”
(大谷光彦)
第1回:時代の変化と必要とされる人材
第2回:心身ともに健康な社員の育成
第3回:オーガニックな人事政策
豊かさとこころの健康
(大谷光彦)
第1回:豊かさとは

HNコラム「人を活かす組織」for organic organization

組織と人とをオーガニックな観点からとらえたコラムを連載していきます。

豊かさと心の健康

第1回:豊かさとは

株式会社ヒューマニーズ代表取締役社長 大谷光彦

戦後63年目になりました。 食べ物がなくて、生きていくのが精一杯という所から日本は立ち上がってきました。 資源もないので、一生懸命働いて、とにかく考えて、新しいものを作り出して、 生活を少しでも便利に豊かにしようと多くの技術を生み出し、 新しい製品を作り出してきました。 「働く」ことが美徳であり、全てに優先してきた時代を潜り抜けて、確かに「豊かに」なったと思います。 多くのことが便利になったと思います。

しかし、バブルの崩壊あたりから、何かこの"豊になりたい"という歯車がいろんな局面でかみ合わなく なってきているように思っていました。ここからの時間を"失われた20年"とか呼んでいますが、 GDPの成長率なんかでもここから日本は足踏みを始めます。 そして今年はGDPで中国に抜かれて、世界第三位の国になる記念すべき(?)年になります。

このあと、歴史はどうなるのでしょう?"失われ続けた30年"などと呼ばれる10年になるのでしょうか・・・

私は1982年から6年間マレーシアにいました。 ジャングルを切り拓いて高速道路や橋を作ったり、町にリゾートホテルを作ったりしていました。 当時のアジアの多くの国々が、日本の技術に羨望のまなざしを向けていたし、 日本人の勤勉さをお手本のように思ってくれていました。日本の豊かさに憧れを抱いていました。 少し誇らしく感じたものです。

1988年に帰国したらバブルの真っ最中。リゾート開発をいくつか手がけ、 こんなに高いコストをかけてもまだ採算が合うのかと不思議に思いながら、 巷には大型プロジェクトが目白押しでした。そしてバブルが弾けてガタガタと崩れていき、 結果として多くの"後ろ向き"の仕事が降りかかってきました。

そういう仕事のひとつに従事するため1992年から4年程、今度はアメリカで仕事をしました。 アメリカでは訴訟や離婚が増え、とにかく"他人を信用できない"という感覚に基づいた契約システムや仕事の仕組みをたくさん経験しました。そして、言葉の問題もあったとは思いますが、 少し背伸びをしてアメリカ人と付き合っていました。住んでいたところはサンフランシスコという 素晴らしい街でしたが仕事は本当に大変でした。単身赴任ということもあったかもしれませんが、 非常に疲れたのを思い出します。心底アジアの日々を懐かしく思い出したものです。

アメリカは当時憧れの国でした。 リッチで豊かな自由な国アメリカ。でもそのアメリカに居て感じるこの疲労感は何なのか。 この頃からだと思います。"物の豊かさ"の裏側に何か大切なものが忘れられているような気がし始めたのは。 「豊かさ」とか「幸せ」というものをもう一度見つめる必要があると思い始めたのは。

(2010年12月)